「世界の屋根」—ヒマラヤ。インド亜大陸とユーラシア大陸の衝突により生じた”地球の巨大な皺”。東西2400Km、南北250Km、ブータン・中国・チベット・ネパール・インド・パキスタンに股がる大山脈。その中に日本列島はすっぽりと収まってしまう。ヒマラヤとはサンスクリット語で「雪の住家」の意。世界の8000メートル峰14座の全てがここに集う。真白に輝き天空に屹立する姿は「神々の座」 と地元民より崇められ、昔も今も世界中の人々のロマンをかき立てて止まない。日本列島に水の恵みをもたらす「梅雨」。この大山脈が要因となっていることは意外と知られていない。

1979年、世界最高峰チョモランマ(エベレスト:8848メートル)を中心とするサガルマータ国立公園(ネパール)が世界遺産に登録された。ヒマラヤの魅力は長大な氷河と巨大な岩壁とが織り成すダイナミックな自然景観に留まらない。平原から5000メートルの高地(亜熱帯〜落葉樹林帯〜高山帯)にかけての大森林地帯には、希少種の雪豹、青いケシを初め多種多様の動植物が生息している。動植物だけではなく、人間も多彩な顔を見せる。モンゴル系、チベット系、インド・アーリア系の民族は独自の文化・習慣を現在も保って暮らしている。

”世界四大宗教”の仏教・ヒンズー教はこの地域が発祥の地。日本でも最近関心が高まっているチベット仏教もヒマラヤが故郷だ。加えて、古代文明を育み、今も何億もの人々の生活・精神を潤す大河、ガンジス河・インダス河はヒマラヤの氷河の一滴よりなる。ヒマラヤは人類の”霊性の場”とも言えるだろう。

一方、ヒマラヤは地球上のあらゆる種類の問題を映し出す「鏡」でもある。ブータン、ネパールは国連が定めた世界最貧国に数えられる経済的に貧窮した国。貧困と差別とを背景に10年にも及んだネパールの内戦(ネパール共産党毛沢東主義派〈通称:マオイスト〉による反政府武装闘争)は記憶に新しい。環境破壊も深刻だ。法の不整備による商業乱伐、人口増加に伴う農地に適さない山間部での農地拡大...”ヒマラヤの砂漠化”を憂慮する地元の専門家もいる。更に、大国の国境が交わる地政学的な不安定さと多様な民族状況がもたらす(「チベット問題」を初めとする)民族問題、紛争、核実験なども看過出来ない問題である。そして、地球温暖化の影響はヒマラヤにも。この20年ほどで氷河が急速に融け幾つもの氷河湖が発生している。決壊するものもあり、地元に甚大な被害を及ぼしている。

ヒマラヤを凝視すれば、確かに「地球」の今の姿が見えてくる。